更年期のホルモン補充療法ってどんな治療法?
更年期障害の治療のひとつに、不足する女性ホルモンを補う「ホルモン補充療法」があります。Hormone Replacement Therapyの頭文字から「HRT」とも呼ばれます。「ホルモン補充療法」も「HRT」も、耳にはするけれど、実はよくわからないという人も多いのでは?そこで今回は、更年期の専門医である東京医科歯科大学の寺内公一先生に、ホルモン補充療法のメカニズムやメリット・デメリット、薬剤のタイプなどについてお話を伺いました。更年期を上手に乗り切るためのヒントがいっぱいです!
<更年期症状の緩和と更年期以降の慢性疾患の予防ができる治療法です>
―「ホルモン補充療法」はどんな治療法なのですか。
寺内公一先生(以下、寺内) 女性は更年期(おおむね45~55歳)に、エストロゲン(女性ホルモン)の分泌量が大きくゆらぎながら低下していきますが、減っていくエストロゲンを補うのがホルモン補充療法です。ただし、更年期を迎える前の値に戻すわけではありません。エストロゲンの減少によって起こる不調を軽減するのが目的ですので、必要最小限の量を補います。
―なぜ、女性ホルモンを補うと、症状がやわらぐのですか。
寺内 女性ホルモンのエストロゲンは、卵巣から分泌されていますが、卵巣にエストロゲンを出すように命令しているのは脳です。けれども、更年期を迎えると卵巣機能が低下するため、エストロゲンの分泌量は少なくなります。
すると、脳は卵巣に対して“今までのようにエストロゲンを出しなさい!”と強く催促します。卵巣はそれにうまく応えることができませんから、さらに脳からの催促が増えるという、アンバランスな状態になります。
―そのアンバランスな状態が、更年期の不調の引き金になるのですね。
寺内 そうです。では、「ホルモン補充療法」がどういう役割を担うのかというと、外からエストロゲンを補うことによって、脳に向かって、“卵巣はそれなりに頑張っていますね”と、ニセのメッセージを送ってくれるわけです。
すると脳のほうでは、“これだけ卵巣もがんばっている(エストロゲンを出している)なら、そこまで強く催促しなくてもいいか”と判断し、脳と卵巣のアンバランスな状態が収まっていきます。脳の混乱が収まると、自律神経の乱れも収まり、更年期の不調が緩和されていきます。
―なるほど!脳は、エストロゲンが分泌されていると判断するのですね。更年期の不調にはいろいろなものがありますが、どのような症状が緩和されるのでしょうか。
寺内 ホルモン補充療法は、のぼせ・ほてり(ホットフラッシュ)・発汗といった血管運動神経系の症状や、イライラや抑うつ気分、不眠といった精神神経系症状の緩和に有効です。関節痛の緩和に有効というデータもあります。
こうした「更年期症状の緩和」に加えて、「慢性疾患(生活習慣病)の予防」にもつながるのが、ホルモン補充療法の利点です。エストロゲンを外から補うことによって、エストロゲンが分泌されなくなる閉経後にかかりやすくなる病気のリスクを減らすことができます。例えば、心血管疾患や骨粗鬆症性骨折などのリスクが軽減します。
―ホルモン補充療法は、「更年期症状の緩和」と「慢性疾患の予防」を兼ね備えた治療法なのですね。若々しさを保つのにも有効だと聞きますが。
寺内 皮膚の弾力性や厚み、シワの有無には、エストロゲンが作用していることがわかっていますので、皮膚の若々しさを保つといえます。また、泌尿生殖器系の機能が改善されて、腟粘膜に潤いが戻りますので、閉経後、腟が乾くような感じがする人や、性交痛の悩みを持つ人の症状改善にも効果があります。
―どのような人がホルモン補充療法の対象になるでしょうか。
寺内 ホルモン補充療法は更年期障害がある方で、禁忌などがなければまず考慮してよい治療法となります。
こういう症状があるから、ホルモン補充療法を検討するというよりは、更年期の症状を訴える方に対して、治療の選択肢のひとつとしてご提案します。更年期障害の治療薬は、ホルモン補充療法、漢方薬、向精神薬がありますが、どれを選ぶかは、医師と患者さんとの話し合いの中で決まっていきます。
―年齢制限などはありますか。
寺内 先ほど、慢性疾患の予防についてお話ししたときに、心血管疾患などのリスクが軽減するとお伝えしましたが、60歳以上、あるいは、閉経後10年以上たった人がホルモン補充療法を始めた場合、心血管疾患や骨粗鬆症性骨折などのリスクが高まることがわかっています。そのため、開始のタイミングは、年齢と閉経後年数を考慮すべきと考えられるようになってきていて、開始年齢が60歳以上か閉経後10年以上経過した方には行われなくなっています。
―始めるタイミングが、60歳未満、閉経後10年以内なのですね。例えば45歳で更年期の症状が現れた方も治療を始めるタイミングでしょうか。
寺内 はい。例えば閉経前の45歳の方でも更年期の症状があれば、医師と相談の上、開始可能です。開始年齢の説明にあたり、開始年齢が60歳未満、閉経後10年以内とのご説明をしますと、60歳になったらやめなければいけないの?と勘違いされる方が多いのですが、あくまでもこれは「治療開始時期」の話になります。
閉経後10年以上たってから治療を始めるのはリスクが大きいですが、それ以前に始めた方ですと、60歳になっても引き続き治療は受けられるということです。
―ホルモン補充療法は、どれくらいの期間続けるのでしょうか。
寺内 これは、患者さんひとりひとりと向き合って考えることになります。なぜなら、 患者さんによって、 ホルモン補充療法を始めた理由も、続けたい理由も異なるからです。
例えば、更年期にホットフラッシュがつらくて、その症状緩和のためにホルモン補充療法を始めたけれど、4~5年治療を続けてきて症状も治まってきた、なるべくならホルモンの薬は使いたくないので、そろそろやめたいと思う方もいれば、更年期の症状は治まってきたけれど、性交痛の改善がみられ、若々しさが保てるところにメリットを感じるので、もう少し続けたいという方もいらっしゃいます。
―ホルモン補充療法は、更年期や更年期以降を、どう自分らしく過ごすかということと深く関わっているのですね。ホルモン補充療法の副作用、マイナートラブルにはどのようなものがありますか。
寺内 よく言われるものとしては、頭痛、乳房の張りや痛み、おりものが増える、出血などがあります。ホルモン補充療法をすると必ず出血をともなうわけですが、出血は、副作用というよりは、ホルモン補充療法が根本的にもっているひとつの作用(エストロゲンが低下して、それに関連する働きが徐々に止まろうとしていたところに、再びエストロゲンが戻ることで働きだす)ということになると思います。ただ、それを副作用と感じる方もいらして、ホルモン補充療法を中断する一因になることもあります。
―出血がつらいときは、どうすればいいのでしょうか。出血を少なくすることはできますか。
寺内 出血を少なくする方法はありますので、出血がつらいときは、医師に相談してほしいと思います。例えば、補充するホルモンの量を少なくすることで、出血を少なくすることができます。
また、ホルモン補充療法は、エストロゲンという成分とプロゲストーゲンという成分の二つを組み合わせて投与しますが、プロゲストーゲンを周期的に投与すると、そのつど出血が起こりますので、プロゲストーゲンを連続で投与する方法で、出血を少なくしていくこともできます。
副作用やマイナートラブルについては、我慢せずに、医師と相談しながら自分に合う方法を見つけていきましょう。
<メリットとデメリットを知り、納得して治療を受けることが大切>
―ホルモン補充療法には、飲み薬や貼り薬、塗り薬などがありますが、薬剤を選ぶ目安はありますか。
寺内 全身的な投与方法と局所的な投与方法があります。全身的な投与方法は、先ほどお話ししたエストロゲンとプロゲストーゲンの投与ですね。
エストロゲンの投与には、飲み薬、貼り薬、塗り薬の3つの方法があります。ただ、飲み薬でホルモン補充療法を行うと、小腸から吸収されて肝臓で代謝されるのですが、肝臓に負担をかけることに加え、血が固まりやすくなって血管がつまるリスクが高くなるため、少なくとも血栓症のリスクが他の人より高いと考えられる人には貼り薬や塗り薬が選ばれます。
―そうなのですね。局所的な投与法はどのようなものなのでしょうか。
寺内 局所的な方法は、泌尿生殖器系の萎縮症状が主で、そのほかの更年期症状はあまりない人、全身的な投与方法だと副作用が多い人に用いられる治療法です。
日本では、局所的な方法は腟に使用できる薬剤が1種類、製品としては2種類だけなのですが、海外では、クリームやジェル、ミストなど、いろいろな形状の製品があります。
局所的な方法の利点は、60歳以上、あるいは、閉経後10年以上たった人でも始められるところです。腟の中にエストロゲンを投与しますので、副作用をそれほどもたらさず、70歳、80歳の方でも、腟の乾きや痛みで悩まれている方には有効な治療法です。
―ホルモン補充療法の費用はどれくらいかかるのでしょうか。
寺内 高額な費用がかかると考えている方が多いのですが、更年期障害の治療目的であれば保険適応となります。薬代としては、月に数千円程度です。ただ、ホルモン補充療法を行うにあたり、乳がん検診や子宮体がん検診、血液検査といった様々な検査をするのが一般的ですので、それらの検査代が別途加わります。
―ホルモン補充療法を行うときに大切なことはありますか。
寺内 治療に対する感想や意見を医師にきちんと伝えることでしょうか。私自身は、ホルモン補充療法に限らず、患者さんの希望や意見をよく聴いて、その希望や目的に合うように治療内容を軌道修正していくことが、とても重要だと思っています。
医師との対話を通じて、患者さんが自分で治療法を選択していくことが、治療効果を上げると考えていますので、例えば、ホルモン補充療法をしてみて、“ホットフラッシュは改善されたけれど、出血がつらい”、といったことがあれば、そのことを率直に伝えていただければと思います。そうすることで、患者さん自身が納得できる、より良い治療につなげていけるのではと思います。
―更年期障害の治療は数年に及ぶことが多いと聞きますので、想いを伝えることは大切ですね。今回もありがとうございました。
<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
▼詳しいプロフィールを見る
<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。