更年期のホルモン補充療法のリスクや禁忌は?
前回に続き、今回も「ホルモン補充療法」のお話です。「ホルモン補充療法」とは、更年期障害の治療のひとつで、不足する女性ホルモンを補う治療法です。Hormone Replacement Therapyの頭文字をとって「HRT」とも呼ばれます。更年期障害の有効な治療法ですが、人によっては、ホルモン補充療法を受けられないこともあります。そこで今回は、更年期の専門家である東京医科歯科大学の寺内公一先生に、ホルモン補充療法を受けられないケースや、受けるときに注意が必要なケース、乳がんとの関係についてお話を伺いました。HRTについて正しい知識を得て更年期を上手に乗り切るためのヒントがいっぱいです!
<今かかっている病気や過去にかかったことのある病気を把握しておきましょう>
―最初に、簡単におさらいしますと、前回、ホルモン補充療法は、更年期症状の緩和と、更年期以降の慢性疾患(生活習慣病)の予防ができる治療法というお話を伺いました。そのなかで、ホルモン補充療法のメカニズムやメリット、副作用・マイナートラブル、年齢制限、投与方法、費用の目安について教えていただきました。このように更年期症状の改善が期待できるホルモン補充療法ですが、治療を受けられないケースがあると聞きます。それはどのようなケースですか。
寺内公一先生(以下、寺内) ホルモン補充療法のガイドライン※に「禁忌症例」と「慎重投与ないしは条件付きで投与が可能な症例」が明記されています。
「禁忌(きんき)症例」は、絶対に投与できない、投与すべきでないケースのことです。
「慎重投与」は、基本的にはあまりおすすめできないけれども、患者さんとの話し合いのなかで、患者さんに十分ご理解いただいたうえで、しっかりと注意を払いながら投与することも可能なケースです。
―後述の通り、多くの禁忌症例があるのですね。ホルモン補充療法をすることで、これらの病気を悪化させるリスクがあるのですか。
寺内 そうです。例えば、「禁忌症例」に、「現在の乳がんとその既往」があります。これは、乳がんをもっている人と、過去に乳がんにかかったことがある人という意味で、ホルモン補充療法を受けることはできません。
「慎重投与の症例」に、子宮内膜がん(子宮体がん)がありますが、子宮内膜がんも乳がんと同様に、エストロゲン(女性ホルモン)の作用によってがん細胞が増殖します。けれども、子宮内膜がんの場合は、初期のステージで、すでに治療が終わっていれば、十分に注意しながら、また、投与方法も工夫することで、ホルモン補充療法を行うことができます。
ちなみに、前回ホルモン補充療法の年齢制限について、「ホルモン補充療法は、開始年齢が60歳以上か閉経後10年以上経過した方には行われなくなっています」とお話しましたが、これは、「慎重投与の症例」にあたります。
―そうなのですね。ホルモン補充療法を検討するときは、今かかっている病気や過去にかかったことのある病気を把握しておく必要がありますね。
寺内 例えば、乳がんの治療中に、ほてりやのぼせの症状が非常に激しくなって、更年期外来を受診される方がいらっしゃいます。けれども残念ですが、ホルモン補充療法は選択できませんので、ほかの治療法をご提案していきます。
―自分がホルモン補充療法を受けられるかどうかわからないときは、どうすればよいでしょうか。
寺内 更年期の症状がつらいときは、ひとりで抱えずに、まずは病院にいらしていただければと思います。例えば、東京医科歯科大学では、初診時に今かかっている病気や、過去にかかったことのある病気などを細かく記入していただく問診票(チェックシート)を用意しています。
また、ホルモン補充療法の治療を始めるときは、乳がん検診や子宮がん検診、肝機能や血圧、血糖値などの検査をしっかり行いますので、そのタイミングで、ホルモン補充療法が受けられるかどうかを確認できます。
―ホルモン補充療法をしながら、ほかの薬を服用できますか。
寺内 漢方薬、向精神薬は、基本的には併用可能です。例えば、患者さんのお話をお聴きするなかで、ホルモン補充療法で、ほてり・のぼせ(ホットフラッシュ)の症状は良くなってきたけれど、肩こりが良くならないという方には、漢方薬の葛根湯を処方することがありますし、不眠の症状がつらいという方には、睡眠薬を処方することがあります。
多剤併用は好ましくありませんが、最初から複数の薬を処方するということではなく、各治療法にはどうしてもそれぞれ足りないところがありますので、その部分を補完していくということです。
<心配しすぎずに、メリットとデメリットを十分に検討して、納得することが大切です>
―ホルモン補充療法を受けてみたいけれど、乳がんのリスクが心配で…という声を聞くことがあります。実際のところ、ホルモン補充療法は乳がんのリスクを上げるのでしょうか。
寺内 前提として、乳がんは、エストロゲン(女性ホルモン)の作用によって、がん細胞が増殖する病気ですから、エストロゲンが作用する期間が長くなるほど、乳がんのリスクは高くなっていきます。
日本人女性の閉経年齢の中央値は52歳前後です。例えば自然閉経年齢が中央値より5歳上の57歳だった人と、ホルモン補充療法を52歳から始めて5年間続けた人を比べたとき、乳がんのリスクの差は、ほとんどありません。
このことは、例えば、タバコを吸うと肺がんになるリスクが数十倍になるということとは質の違う問題です。ホルモン補充療法に発がん性があるということではないと考えています。
また、ホルモン補充療法で乳がんになるリスクは、例えば、フライドポテトなどの脂肪分の多い食事をとることや、過度な飲酒などで乳がんになるリスクと変わらないというアメリカの報告もあります。
―なるほど。女性ホルモンの作用を受ける期間が長くなれば、それに応じて、乳がんのリスクにさらされる期間も長くなるということなのですね。
寺内 ホルモン補充療法の普及率が2~3%であることから、例えば乳がんになった方100人のうちホルモン補充療法を受けていた人は2~3人で、残りの97~98人は受けていなかったことになります。つまり、ホルモン補充療法をしても、しなくても、乳がんになることがあり、リスクはゼロにならないということです。
大切なことは、ホルモン補充療法をする、しないにかかわらず、毎年きちんと乳がん検診や子宮がん検診を受けることです。
ホルモン補充療法を5年10年15年と続けるほど、乳がんのリスクは、わずかずつ増えていきます。ホルモン補充療法をする場合は、医師から乳がん検診をするように促されますし、あるいは強制的に検診を組みますので、早期発見につながることもあります。
―更年期障害のつらさがやわらぐメリットと、エストロゲンが作用する期間が長くなることで乳がんのリスクが上がるデメリットを、自分自身でよく考える必要がありますね。
寺内 更年期について理解の深い医師と、納得できるまでよく話し合って、ホルモン補充療法のメリットとデメリットを十分に比較していただいて、自分にとってはメリットのほうが大きいと判断できる場合に、選択されると良いのではないでしょうか。
乳がんを予防するためには、乳がんのリスクを上げる生活習慣(脂肪分の多い食事、過度な飲酒、肥満など)もぜひ見直していきましょう。
―乳がんのリスクを上げる要因を、生活習慣も含めて総合的に考えることが大事なのですね。
寺内 近年は、投与するホルモン剤の技術も進んできていて乳がんのリスクをほとんど上げないホルモン剤が市場に出始めています。例えばホルモン補充療法は、エストロゲンと補助的な役割をするプロゲストーゲンを組み合わせて投与しますが、天然型であるプロゲステロンを使うと、乳がんのリスクが上がらないというデータもあり、そうした投与も広がり始めています。
だからといって、乳がんにならない、検診しなくてよいということではもちろんありませんが、ホルモン補充療法が乳がんのリスクに及ぼす影響は、どんどん低くなっている状況だと思います。
―そうなのですね。乳がんのリスクが低くなることは嬉しいことですね。
寺内 ただ、ホルモン補充療法を受けているいないにかかわらず、1000人に3人程度の割合で、乳がんになる方が必ずいらっしゃいます。統計的にはホルモン補充療法による乳がん発生リスクの増加は小さいということになりますが、ご本人は大きなショックを受けられます。
残念ながら乳がんになってしまったときは、ホルモン補充療法をしたことで早めに見つけることができたということは十分に考えられますし、早期発見をしてきちんと治療を受ければ根治を目指せますので、乳がんの治療を前向きに受けていきましょう。
―更年期障害の治療法は、更年期に理解の深い医師とよく話し合って、自分で納得して選ぶことが欠かせないと感じました。今日はどうもありがとうございました。
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[禁忌症例]
・重度の活動性肝疾患
・現在の乳がん※1とその既往
・現在の子宮内膜がん※1,低悪性度子宮内膜間質肉腫
・原因不明の不正性器出血
・妊娠が疑われる場合
・急性血栓性静脈炎または静脈血栓塞栓症とその既往
・心筋梗塞および冠動脈に動脈硬化性病変の既往
・脳卒中の既往
[慎重投与ないしは条件付きで投与が可能な症例]
・子宮内膜がんの既往
・卵巣がんの既往
・60 歳以上または閉経後 10 年以上の新規投与
・血栓症のリスクを有する場合
・冠攣縮および微小血管狭心症の既往
・慢性肝疾患
・胆嚢炎および胆石症の既往
・重症の高トリグリセリド血症
・コントロール不良な糖尿病
・コントロール不良な高血圧
・子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症の既往
・片頭痛
・てんかん
・急性ポルフィリン症
・全身性エリテマトーデス (SLE)
※ ホルモン補充療法ガイドライン2017年版より
※1 現在治療中との意味
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<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
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<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。