更年期に増える物忘れ。認知症との関係はあるの?

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何かをしようと部屋に来たはずなのに、何をしに来たんだっけ?と分からなくなる…。そんなことが、更年期を迎えて増えてきたと感じる女性は少なくありません。また、物忘れや記憶力の低下をきっかけに、自分の老いを感じたり、この先の人生に訪れるかもしれない認知症のことが気になったりすることもあるようです。そこで今回は、更年期の専門医である東京医科歯科大学の寺内公一先生に、女性ホルモンと認知機能の関係、更年期と物忘れ、そして、その先にあるかもれない認知症についてもお話を伺いました。



認知機能の「認知」ってなんだろう?

―「認知」という言葉は、記憶に関連しているイメージがあります。

寺内先生(以下、寺内) たしかに、記憶にも関わっていますが、それだけではありません。

認知は、心理学的、精神医学的に、それぞれの捉え方がありますが、「精神疾患の診断・統計マニュアル」では、認知機能を「多方面に注意を払う」「計画や意思決定をする」「学習や記憶をする」「言葉を理解し話す」「知覚したことに反応する」「相手の気持ちを理解する」の6領域**に分類しています。

*アメリカ精神医学会が定める診断基準「精神疾患の診断・統計マニュアル」第5版 

**「複雑性注意」「実行機能」「学習と記憶」「言語」「知覚ー運動」「社会的認知」の6領域


認知機能が低下する認知症とは?

―認知機能に影響を与える病気には、どのようなものがあるのですか。

寺内 いろいろなものがありますが、社会の高齢化にともなって、現在の日本で急速な勢いで増えているのは、アルツハイマー型認知症と、血管性認知症です。

―それぞれの病気について簡単に教えてください。

寺内 「アルツハイマー型認知症」は、主に、「アミロイドβ(ベータ)」というたんぱく質が脳に溜まり、その毒性で脳の神経細胞が壊れ、脳の萎縮も起こり、認知機能が低下していく病気です。

本来は、不要になったアミロイドβは分解され、脳の血管を通じて排出されますが、加齢など、何かしらの理由で排出がうまく行われないと、脳に溜まってしまいます。

もう一つの「血管性認知症」は、脳血管疾患(脳梗塞や脳出血など)によって、脳の神経細胞が壊れて引き起こされる認知症です。障害を受けた脳の部位によって、現れる症状は異なります。

―アルツハイマー型認知症は、認知症全体の7割ほどを占め、次いで血管性認知症は2割ほどを占める、と聞いたことがあります。男女差はあるのでしょうか。

寺内 厚生労働省の調査によると、女性のアルツハイマー型認知症の患者さんは、男性の3倍近くいらっしゃいます。

アルツハイマー型認知症の患者さんは、男性も女性も65歳を過ぎた頃から増え始めますが、女性のほうが急激に増えることが分かっています。女性と男性を、それぞれの人口比率で割ってみても、女性ほうが高い有病率になります。

―もう一つの、血管性認知症についてはどうですか。

寺内 こちらも厚生労働省の調査結果になりますが、女性の有病率が高くなっています。注目したいのは、血管性認知症の原因となる脳血管疾患の有病率には、男女差がないことです。

つまり、女性は脳の血管の病気から、血管性認知症になるリスクが高いということになります。




エストロゲンが低下すると、認知機能は低下する!?

―アルツハイマー型認知症も、血管性認知症も、女性がかかるリスクが高いのですね。知りませんでした。女性ホルモンと認知機能に関連があるのでしょうか。

寺内 女性ホルモンのエストロゲンと女性の認知機能の関係については、世界中でさまざまな研究が行われています。代表的なものをいくつかご紹介しましょう。

脳の一部には、学習と記憶に関わる「海馬」という器官があります。その海馬にエストロゲンの受容体が多く存在していることが知られています。つまり、エストロゲンは学習や記憶と深く結びついているということです。

また、エストロゲンには、神経細胞の炎症を抑制したり、神経細胞とシナプスの活動を促したりするなど、神経細胞そのものを保護する作用があることも分かっています。

エストロゲンの投与によって、空間認知機能が改善されたという報告もありますし、日本で行われた研究では、閉経後女性へのエストロゲンの投与によって、脳の血流が増加することが報告されています。

アルツハイマー型認知症とエストロゲンの関連を調べた研究もあります。マウスを使った研究では、エストロゲンが欠乏すると、早い時期から脳に老人斑(アミロイドβなどの老廃物が溜まったもの)が現れることが報告されています。

こうしたさまざま研究によって、エストロゲンの作用が少しずつ明らかになり、女性は更年期を迎えると、認知機能の低下が進んでいくことが分かってきました。

アメリカのコホート研究SWANの報告では、閉経後の10年間で、言語記憶は2%、処理速度は5%、それぞれ低下するというデータがあります。

*閉経をはさむ約10年間、おおむね45~55歳くらいの時期

―エストロゲンは脳の健康も守っていて、エストロゲンが少なくなると、脳の機能低下が進むのですね。更年期に物忘れが増えてくることも、こうしたエストロゲンの減少によって引き起こされるのでしょうか。

寺内 そうと言いきれないのが悩ましいところです。「エストロゲンが低下すると認知機能は低下する」とお話ししましたが、「更年期に物忘れが増える」ことには、また別の側面があるのです。



更年期になぜ物忘れが増えるの?

―更年期を迎えて、何かをしようと思ったはずなのに、何をしようとしたのかを忘れてしまうことがあります。

寺内 私の更年期外来の患者さんにも、同じような訴えをされる方は多くいらっしゃいます。更年期外来の患者さんを対象にした、更年期症状の調査では、「物忘れ」を週1回以上自覚されている方は、70%以上いらっしゃいました。

アメリカのコホート研究SWANで、物忘れの症状が閉経によってどのように変化するのかを調べた研究がありますが、30%弱の方が閉経前に物忘れを自覚されており、閉経への移り変わりのなかで40%以上に増えていくことが報告されています。

―更年期は、物忘れが増えやすいのですね。

寺内 ただ、「物忘れ」と一口にいっても、さまざまなレベルの物忘れがあります。そして、大事なことは、「物忘れ」は、更年期に限らず、あらゆる年齢で起こりうるということです。

アルツハイマー型認知症の特徴に、例えば、朝ご飯を食べたのに、食べたことを忘れてしまうといった、最近の約束や出来事を思い出せなくなる「エピソード記憶の障害」がありますが、更年期外来で物忘れを訴える患者さんには、そうしたレベルの物忘れは見られません。

―更年期特有の物忘れの背景には、どのようなことがあるのでしょうか。

寺内 更年期は、エストロゲンが波打つようにゆらぎながら、あるときは多く分泌したり、またあるときは少なかったりして、少しずつ減っていきます。卵巣に女性ホルモンを出すように命令しているのは脳ですが、女性ホルモンが十分に分泌されないと、脳はとても混乱します。

その混乱が自律神経の乱れにつながり、さまざまな不調の一因となって、記憶力や集中力、判断力、作業能率の低下につながることはあると思います。

また、うつ病や不安障害を抱えていらっしゃる方は、物忘れをしやすいことが知られています。更年期の女性は、体調の悪さから気持ちが沈みがちになったり、取り巻く環境によっては、過度なストレスがかかったりして、うつ症状を訴えられる方もいらっしゃいます。そうしたことも、認知機能低下の一因になると思います。

ホルモン補充療法は認知症を改善する?

―ホルモン補充療法(HRT)は、エストロゲンを投与する治療法ですが、認知症予防にも効果があるのでしょうか。

寺内 ホルモン補充療法のガイドラインでは、「ホルモン補充療法は、認知機能を改善しない」「認知機能の維持または認知症の発症予防を主な目的としたホルモン補充療法は薦められない」としています。

―そうなのですね。

寺内 その一方で、さまざまな研究によって少しずつ分かってきたこともあります。鍵となるのは、一つはホルモン補充療法を行うタイミング、もう一つは誰に投与するかです。

タイミングについては、老年期にホルモン補充療法を受けると、認知症の発症リスクがむしろ増えるというデータがあります。けれども、更年期(若い時期)のホルモン補充療法は、アルツハイマー型認知症の発症リスクを低下させる可能性があるとしています。

次に誰に投与するかですが、アルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβの沈着が、ホルモン補充療法でどう変わるかを追いかけた研究があります。

ホルモン補充療法は、apoEε4(アポイーイプシロンフォ―)という遺伝子を持つ、アルツハイマー型認知症を発症するリスクが高い方に対しては、アミロイドβの沈着を抑えたというデータがあります。

ーエストロゲンを補充するタイミングや、アルツハイマー型認知症のリスクの高さによっては、ホルモン補充療法が良い影響をもたらす可能性があるのですね。

認知症を予防する生活習慣

―ここまで、女性ホルモンと認知機能の関係、更年期と物忘れ、その先にあるかもれない認知症についてお話を伺いましたが、認知症を予防するために、大きなところでは、どのようなことに気をつけるといいのでしょうか。

寺内 全般的に、健康な人は認知症になりにくいといわれていますので、健康を保つ生活が大切です。

メタボリックシンドローム*の人は、血管性認知症だけでなく、アルツハイマー型認知症でも、リスクが高いと考えられています。

*内臓肥満に高血圧・高血糖・脂質代謝異常が組み合わされることで、心臓病や脳卒中などになりやすい状態



―メタボリックシンドロームの予防が、認知症予防につながるのですね。食事ではどのようなことを心がけると良いでしょうか。

寺内 「地中海食」が良いとされています。地中海食とは、野菜と果物、全粒穀物、豆類とナッツ類、オリーブオイル、ハーブとスパイス、チーズとヨーグルト、魚と鶏肉、適量の赤ワインを中心とする食事で、冠動脈疾患(心筋梗塞・狭心症)の発症や死亡のリスクが少ないという研究報告があります。

また、地中海食と認知機能の関係を調べた研究では、地中海食は全般的に認知機能を改善する効果が期待できると報告されています。

―野菜や果物、赤ワインなどは、抗酸化力の高いポリフェノールを含んでいますね。ブドウ種子に含まれる「プロアントシアニジン」は、ポリフェノールのなかでも、強い力を持つといわれています。食材で摂ることが難しい場合は、日々の食事の補完として、サプリメントを上手に利用するのもいいですね。

成分では、他にどのようなものが、認知機能の低下を抑えると考えられているのでしょうか。

寺内 ヨーロッパ閉経学会では、認知機能低下を予防する可能性のある栄養素として、ビタミンE、葉酸、ビタミンB12、ω-3脂肪酸(オメガスリー脂肪酸)を挙げています。

また、東京医科歯科大学の研究で、物忘れの重症度に関連する摂取栄養素を調べたところ、55歳以上の方では、銅の摂取量が多い方ほど、物忘れの重症度が高くなることが分かりました。

別の研究でも、銅がアミロイドβの排泄を抑制するという報告がありますので、ふだんレバーや牡蠣、いかなど、銅を多く含む食材をたくさん食べている人は、少し気をつけるといいのかなと思います。

―生活面ではどのようなことに気をつければ良いでしょうか。

寺内 アメリカのPamela Rist氏の最新論文によると、心臓の健康を保つための7つの習慣は、認知症の発症リスクを抑制する可能性も高い、としています。

―7つの習慣とはどのようなことですか。

「より多くからだを動かすこと」「より健康的な食事をすること」「適正体重を保つこと」「タバコを吸わないこと」「血圧とコレステロール、および、血糖値を良好に保つこと」をあげています。

この内容に、「生涯を通して継続的に教育を受けること」「質の高い睡眠をとること」「社会活動に参加すること」を加えると、認知症のリスクがさらに下がる可能性があるとしています。

―心身ともに健康的な生活習慣は、認知機能を保ち、認知症を遠ざけてくれるのですね。ぜひ取り組んでみたいと思います。今回も貴重なお話をありがとうございました。


<この記事を監修いただいた先生>

寺内公一先生

寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
詳しいプロフィールを見る

<インタビュアー>

満留礼子

満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。

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