更年期と食欲不振について
~更年期に食欲不振を感じたら~
「食べることが楽しみ!」「食べることは健康のバロメーター」という人も多いのではないでしょうか。けれども、今までおいしくしっかりと食べられていた人ほど、食欲がなくなると、「どうしたんだろう?」と気になるものです。そこで今回は、更年期の専門医である東京医科歯科大学の寺内公一先生に、更年期と吐き気の関係、食欲不振についてお話を伺いました。
更年期に吐き気を感じる人はどれくらいいる?
―更年期(おおむね45~55歳)のQOLチェックに、「むかつき」「吐き気」に関する質問がありますが、症状として訴える方は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。
寺内先生(以下、寺内) 2014年に、更年期外来にいらっしゃる方を対象に、「吐き気」を自覚している人がどれくらいいるかを調べたことがあります。
その割合は、週1~2回吐き気を自覚する人は13.4%、週3~4回は2.3%、ほとんど毎日自覚する人は5.8%いらっしゃいました。
週1~2回以上自覚症状がある方は21.5%ですので、更年期外来を受診する方で、吐き気の症状が気になる人は、5人に1人くらいの割合でいるということになります。
― 一定数いらっしゃるのですね。吐き気や、もう少し広げて食欲不振の症状も、女性ホルモンのゆらぎと関係があるのでしょうか。
寺内 更年期(おおむね45~55歳)は、女性ホルモン・エストロゲンがゆらぎながら減少していく時期で、この時期には、さまざまな不調が現れます。
けれども、吐き気を含む食欲不振は、更年期以外でも自覚することのある症状です。そのため、更年期に現れる吐き気を含む食欲不振の原因を、女性ホルモンのゆらぎだけで説明できるか…というと難しいところがあると思います。
吐き気の背景にあるものは?
―更年期の吐き気の背景には、どのようなことが考えられるでしょうか。
寺内 日々の体調は、加齢や季節(夏バテなど)の影響も受けますし、更年期は女性を取り巻く環境が大きく変化する時期でもあります。
更年期外来で、「吐き気がある」「食欲がない」と訴えられる患者さんのお話に耳を傾けていますと、背景に過度なストレスや、不眠があることがあります。
加齢によって、男女問わず、睡眠の質は落ちる傾向にありますが、そこに、過度なストレスや、すぐに答えの出せない心配事が重なれば、さらによく眠れなくなるのは自然なこと、ともいえます。
気にかけたいのは、中等度以上の不眠の症状がある人の3分の1には、重度のうつ症状が隠れているといわれている点です。
また、うつ症状の場合、心の不調が現れる前に、からだの不調が先に現れることがあります。睡眠障害、疲労感、肩こりをはじめ、食べたものの味がしない、食べてもおいしくないという味覚の変化も、うつの身体症状のひとつです。
ですので、患者さんご本人は、気づいていないことが多いのですが、お話をじっくり聴くうちに、その方が感じている吐き気を含む食欲不振の背景に、実は更年期のうつ症状が隠れていることがあるのです。
―うつ症状には、からだの不調や味覚の変化もあるのですね。
寺内 2013年に、「うつ、不安」と身体症状のとの関連を調べたことがありますが、その調査では、強い不安感と関連する症状として、「吐き気」「しびれ」がありました。
更年期外来を受診されている方のうち、5~6割の方に、うつ症状が見られることが分かっています。そして、うつ症状のある方の多くに、吐き気を含む食欲不振がみられます。
ですので、更年期の女性ホルモンのゆらぎが、直接、食欲の低下を引き起こすというよりも、更年期のうつ症状によって食欲が落ちることが起こりうると考えるほうが、無理がないように思います。
ただし、これは、その方に他に病気がない場合に限られます。今現れている症状が、更年期の症状(うつ症状など)だと見極めるためにも、吐き気を含む食欲不振が続いて気になるときや、体重減少が激しいときは、ひとりで抱えずに、医師の診察を受けてほしいと思います。
―治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。
寺内 まずは、採血などの検査を通じて、吐き気を含む食欲不振の背景に大きな病気がないかを確認します。治療方針は、病態によって異なりますが、患者さんのお話や想いを聴きながら進めていきます。
更年期のうつ症状による、吐き気を含む食欲不振の場合は、抗うつ薬や抗不安薬が選択肢に入ると思いますし、機能性の消化管の障害(消化管の蠕動運動が低下して消化が進まない)によって食欲が低下している場合は、それを改善するお薬があります。漢方薬にも胃腸の働きを促すものがあります。
おすすめのセルフケアは?
―自律神経の乱れからくる食欲不振には、こんなセルフケアが役立つかもしれません。
●ツボ刺激
「合谷(ごうこく)のツボ」
「合谷」は手の人差し指と親指の骨の付け根、人差し指側にある万能ツボです。自律神経のバランスを整え、胃腸の蠕動運動(伸び縮みして食べ物を送り出す動き)を促し、不安やストレスを感じたときにリラックスを促すツボとして知られています。反対側の手の親指で刺激したり、お灸をすえたりするのもおすすめです。
「中脘(ちゅうかん)」のツボ」
おへそから、指4本分上にあるツボです。手の指をそろえて、おへそに小指をあてたときに、人差し指のところにあります。胃の調子が気になるとき、自然に手を当てているところです。「脘」とは胃のことで、胃に働きかけて消化を促すツボとして知られています。指先で優しく、じんわりと刺激しましょう。
●消化がよく滋養のあるものを食べる
食欲がわかないときは、量より質を優先して、消化によい滋養のあるものを食べるのもひとつの方法です。例えば、鶏肉とおろし生姜を加えて炊いたおかゆや、じっくり煮込んだうどんに、溶き卵を回し入れたかきたまうどんは、食欲が落ちているときにも食べやすいメニューです。胃腸も温まります。
●香りの力を借りる
香りの力が食欲を刺激してくれることもあります。食欲増進が期待できる香味野菜やスパイス、ハーブなども上手に利用しましょう。
●食欲がわくのを待つ
「食べたくない」という思いを“からだの声”と捉える考え方もあります。無理に食べようとせずに、水分はきちんととりながら、おなかがすくのを待ってみるのもひとつの方法です。十分に休息したり、リフレッシュしたりするうちに、自然にお腹がすいて、食欲がわいてくることもあります。
●規則正しい生活を心がける
胃腸の働きをコントロールしている自律神経が、整いやすくなることをするのもおすすめです。規則正しい生活習慣を心がけ、できるだけ同じ時間に寝起きし、食事も量は少なくても、同じ時刻に食べるようにしてみましょう。
●適度に運動をする
もしかしたら、からだを動かす機会が減って、運動不足になっていることもあります。そんなときは、ウオーキングや体操、ダンスなどをふだんの生活に取り入れてみましょう(夏は涼しい時間や場所を選んで、水分補給をしながら行いましょう)。適度な運動はストレス解消に役立ちますし、エネルギーを消費するのでお腹も減り、よい睡眠にもつながります。
●自分にとって楽しいひとときを過ごす
まじめで誠実な人ほど、考え過ぎてしまう傾向がありますので、ストレスになっていることを考えない時間をもつこともひとつの方法です。例えば、“これをしていると楽しい!”という趣味は、そうしたことに役立ちます。ふだん、からだを動かす機会の多いひとは部屋のなかでできる趣味を、からだを動かす機会の少ない人は、からだを動かすことを趣味にすると、より気分が変わります。
寺内 困ったときに、「あれをしてみよう」「これをやってみよう」と思える、自分に合うセルフケアを複数もっていることは、心丈夫なことです。セルフケアをしたからといって、すぐに症状が改善されるわけではありませんが、選択肢が多いことは、気持ちを前向きにさせ、心身の調子を整えることに役立つはずです。けれども、セルフケアをしてみても、つらい症状が続く場合は、ひとりでかかえずに相談することが大切です。
―不調があると、気分も沈みがちになりますので、私も今回ご紹介した以外にも自分に合うセルフケアを増やしていきたいと思います。今回も、貴重なお話をありがとうございました。
<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
▼詳しいプロフィールを見る
<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。