更年期に気をつけたい病気/甲状腺機能亢進症・低下症
「甲状腺機能亢進症」の主な症状には、発汗、動悸、不眠などがあり、「甲状腺機能低下症」には、疲労感、めまい、記憶力低下などがあります。これらの症状は更年期障害の症状と区別がつきにくいため見逃されやすく、更年期の症状だと思っていたら、甲状腺の病気だったということがあります。そこで今回は、「甲状腺機能亢進症・低下症」について、更年期の専門医である東京医科歯科大学の寺内公一先生にお話を伺いました。
更年期症状と似ている甲状腺機能亢進症・低下症
―甲状腺機能亢進症・低下症の症状は、更年期の症状とよく似ていると聞きます。
寺内公一先生(以下、寺内) はい。更年期症状・障害の診断は、除外診断が基本です。更年期の症状のように思えるけれど、背後に別の病気が隠れていないかを確認する(除外する)ことで、患者さんが今抱えている不調の原因が、更年期によるものかどうかを見極めていきます。隠れているすべての病気を完全に見つけることは難しいのですが、更年期外来で、最初に注意深く確認しなければならないのが、更年期障害と症状がよく似ている甲状腺機能亢進症・低下症です。
甲状腺機能亢進症・甲状腺機能低下症は、どんな病気?
―甲状腺は体のどこにあるのでしょう。また、甲状腺はどのような働きをしているのですか?
寺内 甲状腺は、蝶が羽を広げたような形をしている臓器で、気管を包むように、首の前側についています。甲状腺ホルモンを作り、それを分泌し、貯蔵しているところです。
甲状腺ホルモンには様々な働きがありますが、全身のエネルギーの使い方を制御することも、重要な働きの一つです。
そのため、血中の甲状腺ホルモン値が一定に保たれることが大切で、過剰に分泌されたり、不足したりすると、体に様々な不調が現れやすくなります。
―どのような不調が現れるのですか?
寺内 例えば、甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、甲状腺機能が亢進すると(高まると)、全身のエネルギーが必要以上に、たくさん使われるようになります。
代謝が促進されますので、例えると、動いていなくても、全身運動をしているような状態になります。症状としては、発汗、動悸、暑がり、不眠、不安、イライラ、下痢、たくさん食べても太らないなどが現れやすくなります。
また、甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンは、骨の代謝にも関与しているため、骨の分解が骨の形成より進み、骨粗鬆(しょう)症にかかりやすくなります。
このような症状を「甲状腺機能亢進症」といい、代表的な病気にバセドウ病※1があります。
―バセドウ病という名前は聞いたことがあります。エネルギーが必要以上に使われてしまう病気なのですね。
寺内 今お話しした甲状腺機能亢進症とは逆に、甲状腺ホルモンの分泌量が減少し、甲状腺機能が低下する病気もあります。「甲状腺機能低下症」といい、代謝が悪くなり、エネルギーを必要以上に使わないようになります。
症状としては、疲労感、むくみ、寒がり、めまい、うつ状態、記憶力の低下、皮膚の乾燥、便秘、体重の増加などが現れやすくなります。
こうしたことに加えて、甲状腺ホルモンは、卵胞の成熟にも関わっているため、月経不順や不妊につながることがあります。
また、うつ状態、記憶力の低下といった症状が現れることから、うつ病や認知症と間違われることもあります。この「甲状腺機能低下症」の代表的な病気が、橋本病※2です。
※1 バセドウ病のバセドウは、この病気を報告したドイツ人医師の名前です。
※2 橋本病の橋本は、この病気を報告した日本人医師の名前です。
―甲状腺機能亢進症・低下症の症状は、更年期障害の症状によく似ていますね。
甲状腺機能亢進症・低下症は、自己免疫疾患
―甲状腺ホルモンの分泌量は、多すぎても、少なすぎても、不調が現れるということでしたが、なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
寺内 代表的な甲状腺機能亢進症・低下症であるバセドウ病や橋本病は、自己免疫疾患の一つで、体が自己抗体を作ることで起こります。
―自己抗体について教えてください。
寺内 体には、細菌やウイルスが侵入したときに、体を守る免疫システムが備わっています。抗体はそのシステムの一つで、例えばウイルスが体に侵入したときに、ウイルスが細胞と結合しないように働きます。
本来であれば、免疫システムは体を守るために機能します。けれども、なんらかの事情で免疫システムが暴走し、自分の体を攻撃する自己抗体を作ってしまうのが、自己免疫疾患です。甲状腺機能においては、自己抗体が甲状腺の機能を亢進させる場合もあれば、低下させる場合もあるということです。
甲状腺機能亢進症・低下症は、女性がかかりやすい!?
―更年期外来を受診される方のなかに、甲状腺機能亢進症・低下症の方は、いらっしゃるのですか?
寺内 更年期外来にいらっしゃる患者さんでは、甲状腺機能亢進症が疑われる方よりも、低下症が疑われる方のほうが多いと思います。
甲状腺機能亢進症・低下症は、女性に多く見られる病気で、バセドウ病の男女比は1:3~5※3で、20~30代の女性が発症しやすいことが知られています。橋本病の男女比は1:20~30※3で、30~40代の女性が多く発症する傾向があります。
―女性に多い病気なのですね。甲状腺機能低下症の橋本病を発症しやすい年代は、更年期世代と重なります。
※3 日本内分泌学会ホームページ
“潜在的な”甲状腺機能低下症にも要注意
―甲状腺機能亢進症・低下症かどうかは、どのように確かめるのですか?
寺内 様々な検査がありますが、更年期外来では、他に病気がないかを確認するスクリーニング検査の一環として、血液検査を行います。甲状腺ホルモン(FT3、FT4)の値と、その甲状腺ホルモンの血中濃度を一定に保つために分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の値を確認します。数値が正常かどうかも確認しますが、数値の現れ方も注視します。
というのは、甲状腺ホルモンの値そのものは正常値でも、甲状腺ホルモンを出すように促すホルモン・甲状腺刺激ホルモン(TSH)の値が、基準より高い、つまり、甲状腺への刺激を高めることにより、何とか正常な甲状腺ホルモンの分泌を維持している方がいらっしゃるのです。いわゆる“潜在的な”甲状腺機能低下症です。
“潜在的な”甲状腺機能低下症の場合、甲状腺ホルモン値は正常ですので、甲状腺機能低下症の症状は、その時点では現れていません。けれども甲状腺の機能が低下しつつあって甲状腺刺激ホルモンが多く分泌されている状態ですので、甲状腺自己抗体検査(バセドウ病や橋本病を調べる検査)を受けていただき、内科も受診していただいて、早期発見につなげます。
甲状腺機能亢進症・低下症の治療について
―甲状腺機能亢進症・低下症の治療はどのように行われるのですか。
寺内 薬物治療が中心です。甲状腺機能亢進症の場合は、甲状腺の機能を抑える薬を処方します。甲状腺機能低下症の場合は、甲状腺ホルモンを補います。
甲状腺機能亢進症・低下症の病気そのものは、完治することは少ないのですが、薬を服用することで、甲状腺ホルモンの値をコントロールすることはできますので、病気と上手に付き合いながら、これまで通りの生活を送ることはできます。
甲状腺機能亢進症・低下症は、更年期障害の症状と似ていますので、患者さんご自身が自分で甲状腺の病気だと気づくことは難しいかもしれません。そうした場合でも、更年期だから…と自己判断しないことが大切です。甲状腺機能亢進症・低下症は、血液検査などで発見しやすい病気です。治療薬もあります。気になる症状があり、生活に支障がある場合は、早めに医療機関につながりましょう。
―これまであまり意識することはありませんでしたが、甲状腺ホルモンが、代謝やエネルギーの使い方などに大きく関係していること、また更年期障害の症状とよく似ていることが分かり、とても勉強になりました。今回も貴重なお話をありがとうございました。
<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
▼詳しいプロフィールを見る
<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。