更年期に気をつけたい病気/乳がん

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乳がんは、女性がかかるがんのなかで最も多く、生涯で乳がんになる人の割合は9人に1人といわれています。40代以降、患者数が増えることが知られており、更年期世代の女性は、気にかけたい病気の一つです。そこで今回は、「乳がん」について、更年期の専門医である東京科学大学(旧東京医科歯科大学)の寺内公一先生にお話を伺いました。



乳がんはどんな病気?

寺内公一先生(以下、寺内) 乳がんは乳腺(小葉と乳管)の組織にできるがんです。乳がんの9割近くは乳管から発生しますが、一部は小葉から発生します。


図表1.乳房の構造



乳房は脂肪、乳腺、リンパ管、血管、神経などからできており、乳腺はぶどうの房のように乳頭から放射状に広がった形をしています(図表1)。

寺内 乳腺の役割は母乳を作ることです。小葉で乳汁(母乳)を産生し、その乳汁は乳管を通って乳頭から分泌されます。

寺内 はい。また、乳がんは、自分で見つけられる可能性のあるがんでもあります。がんの部分がしこりになったり、皮膚がくぼんだりすることがあるため、肌に触れたり、鏡に映った姿を見たりしたときに、自分で異変に気づくことがあります。



乳がんになる人は増えている?

寺内 増えています。国立がん研究センターの調査によると、2000年の時点で、乳がんの患者数は約3万7000人でしたが、2020年には約9万2000人となり、患者数が20年間で倍以上と大きく増えていることが分かります(図表2)。このグラフは女性の患者数になりますが、男性もかかる病気です。

出典:罹患者数1975~2015年「国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ))」2016~2020年「国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)」死亡者数「国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)」


乳がんは女性がかかるがんのなかで最も多く、生涯で乳がんを経験する人の割合は、9人に1人といわれています。検査技術が進歩し、0期やI期といった初期の乳がんを見つけられるようになりました。そのため現在では、早期発見、早期治療ができれば、寛解する可能性の高いがんでもあります。

寺内 乳がんの患者数は、年代でいうと、40歳代頃と60歳代頃にピークがあることが知られています(図表3)。更年期だから乳がんになりやすいということはありませんが、更年期の女性は周囲から必要とされて多忙な方が多いので、検診を受けそびれることがないようにすることが肝心です。

出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)



乳がんとエストロゲンには関係がある?

寺内 乳がん細胞の60~70%はエストロゲンの影響を受けますので(エストロゲン感受性)、長い間エストロゲンが高い状態が続くと、乳がんのリスクが高まることが分かっています。

エストロゲン感受性の高い乳がんの場合は、エストロゲンに働きかけて乳がん細胞の増殖を抑える治療(ホルモン療法)を行います。例えば、本物のエストロゲンの代わりにエストロゲン受容体に結合して、エストロゲンが影響しないようにしたり、エストロゲンの産生そのものを抑えたりします。


乳がんのリスクを高める生活習慣は?

寺内 乳がんのリスクを増加させる生活習慣として、食生活では洋食やファストフードなど、動物性脂肪を多く摂る「食の欧米化」との関連が指摘されています。また、アルコール摂取や喫煙、肥満は、乳がんのリスクを高めることが分かっています。

肥満については、子宮がんのお話をしたときにも触れましたが(更年期に気をつけたい病気/子宮がん②)、脂肪組織には、アロマターゼという酵素があり、男性ホルモンを女性ホルモンに変換する働きがあるため、体脂肪が多い方は、産生されるエストロゲンが多くなるのです。

そして気にかけたいのが遺伝によるものです。「BRCA1/2」という乳がんのリスクを高める遺伝子の存在が知られています。

ご家族に乳がんになった方がいるからといって、必ずしも乳がんになるということではありませんが、遺伝的に乳がんになりやすい体質の方は、生活習慣によっては、乳がんになるリスクがより高くなることが考えられますので、なるべく早く検診を受けることが必要だと思います。


ピルやホルモン補充療法(HRT)は影響する?

寺内 今の時点では、ほぼ影響しないと考えられていますが、まったく影響がないというのも言いすぎになると思います。というのは、ピルに関しては多くの論文があり、ピルを使っている人は乳がんのリスクが高いという論文もあれば、逆に、リスクが低いという論文もあり、結論が出ていないからです。

仮に、ピルによって乳がんのリスクが増加したとしても、影響は非常に小さいものだと考えられますので、患者さんから質問を受けた場合は、あまり心配しすぎなくていいですよ、とお伝えしています。

寺内 このことについては、長く議論されてきたことですが、日本女性医学学会の「ホルモン補充療法ガイドライン」では、「乳がんリスクに及ぼすホルモン補充療法(HRT)の影響は小さい」としています。

閉経や内分泌に関係する7つの国際学会においても、「ホルモン補充療法による乳がんへの影響はとても小さい」という意見で一致しており、肥満のほか、フライドポテトを週1パック食べる、アルコールを毎日摂取する(ビールなら大瓶1本以上)、といった生活習慣によって乳がんになるリスクとほぼ変わらないとしています。

生活習慣のなかにも乳がんのリスクを高めるものはありますので、ホルモン補充療法もそれらと同程度のリスクと捉えていただければと思います。つまり、ホルモン補充療法だけを過度に恐れる必要はないということです。

寺内 日本でのホルモン補充療法の普及率は、だいたい2~3%といわれています。9人に1人の方が乳がんになることを考えますと、乳がんになる方は非常に多いのですが、その方たちのほとんどはホルモン補充療法を受けていないということになります。

つまり、乳がんは、ホルモン補充療法を受けていても、いなくても、多くの方がかかる病気ですので、定期的な検診で早く見つけることが大切ということです。

寺内 基本的には、子宮体がんのリスクを高めないために、黄体ホルモン製剤を組み合わせて行います。

黄体ホルモン製剤の投与の仕方、どのような種類のものを選ぶかが、ホルモン補充療法における乳がんのリスクと関係するというのが現在の理解です。

そうした点で、2021年12月から使用が始まった経口の天然型黄体ホルモン製剤は、現在得られている情報からすれば、最も乳がんのリスクを上げないと考えられています。

エストロゲンに関しては、経皮的な投与をすると乳がんのリスクが一番低くなるという論文もありますので、現時点では経皮型のエストロゲン製剤と、経口の天然型黄体ホルモン製剤を組み合わせることによって、乳がんのリスクを小さくすることができると考えています。

寺内 ホルモン補充療法を行う際は、担当医師とよく話し合って、進めることが大切です。ホルモン補充療法について知りたい方は、日本女性医学学会のWEBサイトで公開されている、一般の方向けのガイドブック「ホルモン補充療法の正しい理解をすすめるために」を参考にされると良いと思います。


乳がん検診ではどのようなことをするの?

寺内 40歳以上の方は、2年に1度、乳がん検診を受けることが推奨されています。乳がん検診は、各自治体(住民検診)で受けることができ、多くの場合、触診とマンモグラフィーを行います。各自治体の乳がん検診の場合は、費用の多くは公費で負担されますので、無料か、一部の自己負担だけで受けることができます。

寺内 職場の健康組合の制度を利用した場合も、無料か、一部の自己負担だけで受けられることが多いようです。ほかに、全額自己負担になりますが、人間ドックや乳腺クリニックなどでも受けることができます。

当院でホルモン補充療法を行う方に乳がん検診をしていただく場合は、年に1度、触診とマンモグラフィーに加えて、乳がん発見の精度を上げるため、できるだけ超音波検査もしていただいています。

乳がん検診ということでは、ホルモン補充療法をしている方のほうが、毎年きちんと検診を受けていらっしゃるので、仮に乳がんが見つかった場合でも、早期に発見できているのではないかと思います。


セルフチェックも大切です

寺内 乳がんは乳房の外側上部にできやすいことが知られていますが、乳管は乳頭から放射状に広がっていますので、乳房のどこにでもできる可能性があります。お風呂に入ったときなどに乳房に触れたり、鏡で乳房の様子(ひきつれやくぼみなどがないか)を確認したりしてみましょう。 しこりがないか確認するときは、乳頭から鎖骨までの範囲を、指の腹で「の」の字を書くように触れてみましょう。眠る前に仰向けの姿勢でするのもおすすめです。こうしたセルフチェックを習慣にすると良いと思います。


乳がんの治療について

寺内 乳がんの進行具合や種類によって異なりますが、基本的には、手術、放射線治療、抗がん剤治療、ホルモン療法を組み合わせて行います。

大事なメッセージとしては、数十年前までは、乳がんに限らず、いろいろな領域のがん治療において、根こそぎ取ることが望ましいとされていました。乳がんの場合は、ハルステッド手術といわれる、乳腺だけでなく、乳房や大胸筋、小胸筋などの筋肉も全部取って、リンパ節郭清(リンパ節を切除すること)もすることが標準治療でした。

けれども、現在はできるだけ患者さんの負担が少ないように、侵襲(心身にダメージを与えること)を少なくしようという流れになっています。ごく初期であれば、非常に限定した手術(乳房のがんの部分だけを切り取る手術)をして、その手術で取った組織を確認したうえで放射線治療を行い、残っているかもしれない微細ながんを死滅させて治療を終えることが増えています。

ほかに、乳がんが進行している場合に行う抗がん剤治療や、先ほどお話した女性ホルモンの感受性の高い乳がんに行うホルモン療法などがあります。

乳房を全摘した場合も、再建手術を受けて、手術前とほとんど見た目が変わらない乳房を取り戻す手術も行われており、手術後のQOLを高める治療が進められています。

また、乳がん治療を経た方のヘルスケアも重要と感じています。例えば、ホルモン療法は、女性ホルモンをゼロに近いレベルにするものですので、骨粗鬆(しょう)症による骨折のリスクが高くなります。

寺内 乳がんについては、当院の更年期外来で、ホルモン補充療法を行う際の視点から、ごく基本的なことをお話ししました。乳がんについてより詳しく知りたい方は、国立がん研究センターの「がん情報サービス」や、日本乳癌学会の「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年度版」を参考にされるとよいと思います。乳がんについて、患者さんやご家族の方向けに分かりやすく解説されています。



<この記事を監修いただいた先生>

寺内公一先生

寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
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<インタビュアー>

満留礼子

満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。

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