更年期のうつや不安感について~女性ホルモンのゆらぎは心の状態にも影響します~
これといった理由がないのに急に不安になったり、自分に自信が持てなくなったり、以前なら気にならなかったような些細なことで落ち込んだりするなど、更年期に気持ちの落ち込みや不安感を抱える人は少なくないようです。波立つ胸の内を誰にも打ち明けられず、一人で抱え続けてしまう人もいるようです。そこで今回は、「更年期のうつ状態や不安感」について、更年期の専門医である東京科学大学の寺内公一先生にお話を伺いました。
うつ状態とは?
ー更年期を迎えて、気分の落ち込みや不安感を抱える人は少なくないようです。最初に、うつ状態と不安感について、簡単にご説明いただけますか。うつ状態とはどのようなものなのでしょうか。
寺内先生(以下、寺内) はい。うつ状態には、「気分が落ち込む」「やる気が出ない」という2大症状があります。
このほかに、集中力や注意力がなくなる、自分に自信がもてなくなる、自分に価値がないと思ってしまう、将来への希望がなくなる、眠れなくなる、食べられなくなる、疲れやすくなる、そして自分を傷つける、自殺を思いつくといった症状があります。こうした症状は、うつ病で現れやすいことが分かっています。
ほかに、うつ状態は、大きなストレスがあった後に現れやすいことも知られています。けれども、はっきりとした原因がない場合にも現れることがあります。また、さまざまな精神疾患や薬物によって起こる場合もあります。
※参考:日本心身医学会「心身医学用語辞典」第2版 (2009)
―うつ状態とうつ病は違うのでしょうか?
寺内 うつ病は一つの疾患であり診断です。一方、うつ状態は、うつ病の重要な構成要素の一つです。「更年期のうつ」というときは、多くの場合、うつ状態のことを意味しています。
不安感とは?
―不安感についても教えていただけますか。
寺内 不安感とは、イライラした、落ち着きのない、安定性を欠く感情のことをいいます。
これに加えて、脈が速くなったり、血圧が変動したり、冷汗をかいたり、呼吸が速くなったり、震えたり、めまいがしたり、吐き気がしたりといった自律神経が関わる身体症状をともなうことがあります。
不安感は、ヒトが生きるために大事な反応ですが、病的なものになると原因に対して不安感が釣り合わないほど強くなったり、いつまでも長く続いたりすることがあります。
※参考:日本心身医学会「心身医学用語辞典」第2版 (2009)
うつ状態や不安感は身体症状もともないます
―心の症状だけでなく、身体症状も現れるのですね。
寺内 はい。私たちが更年期女性を対象として行った研究※1では、頭痛は抑うつと、吐き気や手足のしびれは不安と関連していました。
また私たちが行った別の研究※2では、重症のめまいは不安と関連していました。
身体症状の背後に、心理的な症状が隠れていることは少なくありません。ですので、身体症状を訴えて外来にいらっしゃる患者さんに対しては、身体症状だけではなく、その背後に不安感をはじめとする精神的な問題を抱えているのではないかという視点も持ちながら、お話をよく聴くようにしています。
―体の症状が心の症状につながっているのですね。
※1 Terauchi 2012 J Obstet Gynaecol Res 39: 1007
※2 Enomoto, Terauchi 2021 Menopause 28:741
更年期にうつ状態や不安感を抱える人は多い?
―更年期に、うつ状態や不安感を抱く人は多いのでしょうか。
寺内 はい。多いと思います。ただし、更年期に特別なうつ状態や不安感があるということではなく、今お話ししたような症状が更年期に現れやすくなるということです。
当院の更年期外来を受診されている患者さんを対象にした調査※3では、7割近い方が「やる気が起きない」「気分が晴れない」「集中できない」と答えています。
また、厚生労働省の調査では、「気分感情障害」の患者数は増加傾向にあり、男性よりも女性が多く、男性を1としたときに女性は1.6~1.9倍と、2倍近い患者数となっています。神経症や不安症の方も男性よりも女性のほうが多いと報告されています。
※3 Terauchi 2014 Evid-Based Compl Alt 2014:593560
うつ状態と不安感にエストロゲンが影響する!?
―なぜ女性はメンタルの不調を抱えやすいのでしょうか?
寺内 この後にもつながるお話ですが、一つには、女性ホルモンの影響があると考えられます。
エストロゲン受容体は全身に存在していて、脳の記憶や学習に関わる海馬、本能や情動反応の処理に関わる偏桃体がある大脳辺縁系(原始的な脳ともいいます)に多く分布しています。
更年期に感情のコントロールが難しくなるのは、情動反応に関わるところにエストロゲンの受容体が多くあり、エストロゲンの急激な変化の影響を受けやすいからというのが一つの仮説です。
また、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称を「モノアミン」といいますが、エストロゲンには、モノアミンの量を増加させたり、作用を強化したりする働きがあります。
そのため、エストロゲンが大きく変動する時期は、幸福感をもたらすセロトニンややる気などに関わるドーパミンといった情動の変化が起こりやすくなり、うつ状態になりやすくなると考えられるのです。
エストロゲンがゆらぐ時期は、うつ状態に要注意
寺内 今お話しした仮説とつながりますが、女性のライフサイクルのなかで、女性ホルモン・エストロゲンの分泌が急激に変化する時期に、うつ状態になるリスクが高まりやすいことが知られています※4。
―女性ホルモンの分泌が急激に変化する時期というと、更年期ですね。
寺内 はい。更年期もそうですが、初経、妊娠・産褥、毎月の月経、そして閉経(更年期)のタイミングで、女性ホルモンは大きく変化します。
例えば、初経の頃にエストロゲンは急激に増えます。そして妊娠期にもエストロゲンは急激に増え、産褥期に急速に減少します。28日前後で訪れる月経周期でも、月経後から排卵まではエストロゲンが増え、排卵後に減少します。そして、閉経期は、エストロゲンが波打つように大きくゆらぎながら減少していきます。
―この時期に、うつ状態になるリスクが高まるのですね。
寺内 閉経前を1とした場合に、閉経期は大うつ病(診断がついたうつ病)になるリスクが、2~2.5倍になり、重いうつ状態になるリスクが1.3~4.3倍になることが知られています※5。
―エストロゲンの急激な変動は、女性の心にも大きく影響するのですね。
※4 Wise 2008 CNS Spectr
※5 Freeman 2006 Arch Gen Psychiatry
Bromberger 2011 Psychol Med
Bromberger 2007 J Affect Dis
ほかにもある更年期にうつ状態になる背景
―ほかに、更年期にうつ状態になるリスクが高まる理由はあるのでしょうか?
寺内 さまざまな仮説がありますが、代表的なものをご紹介します。
●血管運動神経症状仮説
更年期にうつ状態を引き起こす根っこには、血管運動神経症状があるのではないかという説です。ホットフラッシュや発汗の症状が強くなると、夜中に起きてしまうことが増えます。それが不眠の原因となり、うつ状態を引き起こすのではないかということです。
●神経内分泌仮説
先ほどお話ししましたが、エストロゲンには、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質を増加させたり、作用を強化したりする働きがありますので、エストロゲンの減少やゆらぎが直接的に精神症状の原因となっているのではないかという説です。
●心理的ストレッサー仮説
閉経は、女性としてのアイデンティティ、自己認識を大きく変える出来事といわれます。第2の人生のスタートとも呼べるほど、自分の年齢やこれからの人生について向き合うことを迫られる時期です。そのため、そうした変化に対処しようとする心の動きが心理的なストレスになり、精神症状の原因になるのではないかという説です。
●社会的ストレッサー仮説
更年期は、女性を取り巻く環境が大きく変わりやすい時期です。患者さんのお話をよく聴いていますと、子どもの進学や巣立ち、家族や親、自身の病気、リストラ、介護、老後の資金など、一つずつでも大変な問題が、一度に押し寄せることが珍しくないように感じます。そうしたことが、うつ状態を引き起こすのではないかという説です。
人によって症状の強さが違うのはなぜ?
―エストロゲンの急激な変動は、どの女性にもあると思うのですが、人によって、うつ状態や不安感の強さに差があるのはなぜなのでしょうか?
寺内 カナダ人研究者のClaudio Soaresは、2つの側面があると指摘しています※6。
1つは、もともとうつ状態になりやすいバックグラウンドがある人です。エストロゲンの変化以外に、例えば、失業などの社会的な要因があった、喫煙などの健康的な問題があった、孤立しているなど社会的なサポートを受けられずにいた、月経中に調子が悪くなったり、産後にうつ病になったりした、といったことです。
もう1つは、ホルモンの変動に対する感受性が非常に高い人です。例えば、エストロゲンの変動に対して影響を受けやすい、不眠や血管運動神経症状(ホットフラッシュなど)が強い、更年期のほかの不調が重なっている、ストレスフルな出来事が起こっている、といったことです。
また、別の論文※7になりますが、更年期の女性がうつ状態になりやすいのはどういうときかを調べた研究があります。その報告によると、うつ状態になる人は、ストレスフルなライフイベントが多く、かつ、女性ホルモンのゆらぎが大きい人たちでした。つまり、エストロゲンのゆらぎだけでなく、そこにストレスフルなライフイベントが重なったときに、うつ状態が起こりやすいということが示されています。
このことは、日々診察をしていて感じることでもありますし、講演などで一般の方に更年期のうつ状態についてお話する際にも大事なことだと思い、お伝えしています。
―更年期のうつ状態や不安感の背景には、女性ホルモンのゆらぎ、そして、その人のバックグラウンドや環境が関わっているのですね。
※6 Soares 2013 Menopause
※7 Gordon 2015 Menopause
更年期のうつ状態や不安感はいつ落ち着く?
―更年期が過ぎれば、うつ状態や不安感は落ち着きますか?
寺内 エストロゲンの影響は、エストロゲンの血中濃度よりも、それまでコントロールされていたエストロゲンの分泌量が大きくゆらぐときが、情動面に影響を及ぼすと考えられます。逆にいえば、ゆらぎの時期が過ぎれば、うつ状態や不安感のリスクは下がるといえます。
アメリカの研究※8に、閉経2年後には重症うつ症状のリスクは1/2になるという報告があります。
―うつ状態や不安感のリスクが下がると、再び元気がでてくる感じがするのでしょうか?
寺内 外来で患者さんのお話を聴いていますと、元気が出てくるというよりは、混乱の時期から抜けたという印象を持たれる方が多い気がします。つきものが落ちた感じがするとお話される方もいらっしゃいます。
―穏やかな時間を取り戻されていくのですね。
※8 Freeman 2014 JAMA Psychiatry
季節の影響でうつ状態に!?
―季節によってうつ状態が重くなることはありますか?
寺内 代表的なものに冬季うつ病があります。さまざまな疫学的な研究から、冬になるとうつ病が多くなる傾向があることが分かっています。これには、ビタミンDが関係していると考えられています。ビタミンDは紫外線を浴びることで皮膚からつくられる成分です。ビタミンDの必要量の8割は紫外線によってつくられるため、冬を迎えて日に当たる時間が減ると、うつ病が多くなるということです。
―季節と心の不調がつながっているのですね。
手軽にできるセルフケア
【セルフケア】
―日々の暮らしで取り組みやすいセルフケアをご紹介いただけますか?
●紫外線を浴びる
冬にうつ病が増える傾向があります。それは、紫外線によるビタミンDの産生が関係していると考えられており、実際にその説をもとに紫外線照射という治療法も行われています。更年期の不調で外に出かけるのがおっくうに感じられることがあるかもしれませんが、ビタミンDの必要量の8割は紫外線によってつくられますので(2割は食品から摂取)、適度に太陽の光を浴びることが大切です。
●ポリフェノールを十分に摂る
私たちの研究※9では、更年期女性のうつ症状が酸化ストレスと関係していました。ヒトが酸素を摂り入れてエネルギーを作り出す代謝の過程でからだのなかに活性酸素ができ、それがDNAやタンパク質などを傷つけるため、さまざまな疾患や老化の原因となります。抗酸化作用のある食品を日々の食事で摂ることも大切です。特にブドウ種子ポリフェノールには抗酸化作用があり、体内で増えすぎた活性酸素を減らすことが分かっています。サプリメントを利用して手軽に摂取しましょう。
※9 Hirose, Terauchi 2016 BioPsychoSocial Medicine
●体を温める
うつ状態の人は、体温が低くなる傾向があるといわれています。寒い時季は、温かいものを食べたり、お風呂で体を温めたりするなど、体を冷やさない工夫もしてみましょう。ウオーキングなどの適度な運動は、体の熱を作り出す筋肉を鍛えられますし、骨粗鬆症の予防やストレスの解消にもつながります。
●ときめく趣味をもつ
これをしていると楽しい、気分が明るくなるといった趣味があると、前向きな気持ちを取り戻しやすくなります。普段あまり体を動かさない人は、体を動かす趣味を持つと、気分転換をしやすくなります。
―どれも手軽に始められそうです。
うつ状態と不安感の治療法は?
【治療】
―更年期のうつ状態や不安感の治療にはどのようなものがありますか?
●HRT(ホルモン補充療法)
寺内 HRT(ホルモン補充療法)によって、うつ状態や不安感が軽減するという一定のデータがあります。さきほど、ストレスフルなライフイベントとゆらぎが重なるとうつ状態につながるというお話をしましたが、女性ホルモンのゆらぎの波を小さくすることで、うつ状態や不安感を和らげるというアプローチです。
●漢方
うつ症状に対して漢方薬を希望される方には、例えば「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」をお出しします。
外来で患者さんのお話を聴いていますと、「喉が詰まったような気がする」と訴えられる方がいらっしゃいます。それは、うつ状態や不安が増したときに現れる症状なのですが、外来では比較的多い訴えです。
漢方では、喉の詰りは気鬱(きうつ)といって、気の流れが喉のあたりで滞っていると考えます。半夏厚朴湯は、そうした喉に詰まった気をスムーズに流す働きがあると考えられています。
また、不安感があり、イライラするときは「抑肝散(よくかんさん)」をお出しすることが多いです。肝(かん)とは肝臓のことではなくイメージ上の臓器で、「肝」を「抑える」ことによってたかぶる気持ちを抑える働きがあるとされています。
●抗うつ薬
そのほかに、患者さんとご相談しながら、向精神薬を使うこともあります。うつ状態や不安感が強い場合は、抗うつ薬である、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬 )、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)などを使用します。
SSRIは、うつ状態と不安を同時に改善する方向に作用し、SNRIはやる気が出ない症状を改善する働きがあります。ただし、効いてくるまでに8~12週間ほどの時間がかかります。不安症状に対して即効性のあるものにベンゾジアゼピン系の抗不安薬がありますが、依存性が高いことが懸念点としてあります。
●心理療法
薬物治療のほかに、認知行動療法などがあります。認知行動療法は、知らないうちに身につけてしまった認知(物事の捉え方や考え方)の歪みを修正し、行動を変えて、認知のバランスを整えていく方法です。
更年期を迎えて、気分の落ち込みや不安感がつらいときは、一人で抱えないことが大切です。「更年期障害、婦人科での診察の流れは?」でもお伝えしていますが、限られた診察時間のなかでということになりますが、医師との対話を通じて、症状のつらさの背景にある、今抱えている問題をとらえ直していくことができます。治療法の選択肢は多くありますし、薬を使用しない方法もありますので、かかりつけ医や更年期に理解の深い婦人科など、早めに医療機関とつながってほしいと思います。
―女性ホルモンのゆらぎによって、うつ状態になりやすいことが分かり、とても勉強になりました。更年期を迎える前にこうしたことを知っておくと、心づもりができますね。今回も貴重なお話をありがとうございました。
<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 茨城県地域産科婦人科学講座 教授
▼詳しいプロフィールを見る
<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。